ずログ(仮)

近況報告と発声練習

透明になりたくない

個の叫びとしての短歌

一昨年頃から短歌への漠然とした興味があり、最近ついに、初心者向け歌会体験版のようなものに参加させてもらった。

短歌に最初に興味をもったのは、Twitterで鈴掛真さんの歌を目にしたことがきっかけだったと思う。そのあと、短歌botのようなアカウントを色々フォローしたり、穂村弘さんのエッセイなどを読んで面白いなと思うようになった。とにかく、2016年は個としての私の輪郭を見失いかけていた時期で、何らかの表現手段を模索していた。ユリイカの短歌特集を買ったのもこの時期だった。

短歌といえば中学か高校だかの時に文集をつくるために無理やり詠まされたくらいしか縁がなく、なんか風流なことを詠むやつでしょ、としか認識していなかったのだが、それは少しもったいない認識だったと気づいた。 

はじめての短歌 (河出文庫 ほ 6-3)

はじめての短歌 (河出文庫 ほ 6-3)

 

この『はじめての短歌』は、 国語教育で触れる短歌のイメージを転換させてくれる良い入門書だと思う。この本では基本的に、例となる短歌と、その改悪例を示すことで、短歌における詩的価値とはいったい何なのか、ということを分かりやすく示している。

改悪例は基本的に、他者に共有されづらい交換不可能な個人的な感覚を、普遍的で共感されやすいものに言い換えている。たとえばこんな感じだ。

大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってかわいい大きさ 平岡あみ

改悪例:大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってとても小さい

一般的、普遍的、社会的な情報伝達としては改悪例の方がよいが、後者の方がその時に感じた感覚を読み手により生きた形で想起させる。この本では他にも、「コンタクトレンズを探して地面を這いつくばるのはOKだが、”蝶々の唇”なるものを探すヤバいやつはアウト」「昭和のおおらかな時代には必ず町で有名な変な人がいたが、今ではそのような、社会的にアウトな人は無かったことにされた」「何もトラブルが起きていない駅では駅員の肉声ではなく録音の声が聞こえる」など、社会に入れないものが排除されている例を示す一方で、「課長代理は必要だけど、夫代理がいては困る」など、実は人間は交換不可能な”私”を求めているということを示す。

「社会的に価値があるものがよい」というタテマエを生きているが、実は我々は、交換不可能な、一般的には受け入れられないようなものを求めているのではないか。また、それこそが、社会で希釈された個を取り戻すことなのではないか。この本は短歌の面白さを伝えるだけでなく、そのような問題提起をしている。

 

透明になりたくない

新年一冊目の読書としてこの本を読んだら数日心がざわついてしまった。

 

アンダーグラウンド (講談社文庫)

アンダーグラウンド (講談社文庫)

 

 当時の惨状を生々しく描き、またサリン事件によって重い後遺症を負ったり命を落としてしまった方とその家族の悲しみがダイレクトに突き刺さって来るため、読んでいてかなりつらいものがあった。読み進めるにあたり色々検索していると、この本に関して「村上春樹は他人のトラウマで相撲をとっている」という批判があったが、これは間違いなく書かれるべき本であったと私は思う。この本の意義は、証言集だけでなく、著者による解説「目じるしのない悪夢」にあるだろう。

「目じるしのない悪夢」で、著者は、この事件は狂気の集団が起こした例外的で無意味な犯罪として片づけられるものではなく、我々にとっても他人ごとではない要素をオウムは孕んでいる、と指摘する。この事件は、社会というシステムに適合できず、「いかにして生きるべきか」という問いに答えを出せなかった若者が、かりそめの「物語」を得る代償として自我を麻原に預け渡した結果起こったものなのである。そして、狂気と片付けられるような「物語」に対抗できるような物語を、「普通」の世界の側は提示できなかった。

 

この本を読んだあとはやはり「輪るピングドラム」が見たくなる(※この事件をモチーフにしている)。 

 『アンダーグラウンド』を読んだあとだと、一見すると加害者側に肩入れしているともとられかねない三兄弟と両親の描写に、よく作れたな……と思わずにいられなかったが、この作品でも、事件を起こす側を単純に「間違っている」「異常」で片づけられないということ、また、「子どもブロイラー」の描写に代表される「透明にされる」ことで生きている感覚を奪われる辛さが描かれている。

 

私自身、縁の薄い土地に来てから、透明になりたくない、という思いをずっと抱えている。一人で暮らすようになってから何度も救われている『孤独と不安のレッスン』には次のように書かれている。

つらくてたまらなくなったり、不安でいてもたってもいられなくなったりしたら、誰かに何かをあげることを考えましょう。

孤独と不安のレッスン (だいわ文庫)

孤独と不安のレッスン (だいわ文庫)

 

輪るピングドラム」では、分かち合い、大切な人に与える「運命の果実」としてリンゴが繰り返し描かれている。

自分は怠惰で回避的なところがあり、時々それがすごくつらい。つらい時には誰かに何かをあげること。あげられるものはなんなんだろうか。