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ずログ(仮)

近況報告と発声練習

社会に入れない人(その2)

話にまとまりがなくなるので「その2」としたが、引き続いて『弱者の居場所がない社会』から考えたことを吐露したい。

(注:若干プライベート色の強い話になるので、この記事はとりあえず2週間程度を公開期限とします)

 

人間が心身ともに健全な状態で生きるためには、人のつながり(居場所、承認)が必要という話をした。人のつながりは、困ったときの「社会サポート」を得るうえでも必要である。どうでもいい・誰でもいい存在ではなく、助けてあげたい「あなた」として、困窮したときに手を差し伸べてもらえる関係というのは、どれほどあるだろうか。概ね思いつくのは、「家族」「学校」「会社」などのグループに所属していることが前提となった”救いの手”なのではないか。自分のプライベートかつ重大なトラブルが起きた時に最も頼れるのは身内だろう*1。そのような”救いの手”が無い人は、簡単に普通の暮らしから転落してしまう。

 

東日本大震災以降、「絆」の大切さがことさらに強調されているが、この本でもやはり、災害時に備えた「地域力」の重要さを主張していた。また別の本の話になるが、『まちづくりの哲学』(なかなか読み進められない)で、宮台真司は「いざという時生き残れなくなるから」という損得勘定による絆の追及はニセモノで、絆はあくまで内発的なものであるべきだと言っていた。この指摘には私も同意する。そんなしゃあなしで取り結んだ付き合いというのは結局目的とする役にも立たないと思う。

 

働くようになって、自分から特に必死にならなくともクラスやらサークルである程度の期間他者と過ごし、なんとなく友達をつくれる学生という身分でなくなると、人と出会い、ワンオブゼムでない個としての自分との関係を築くことがこんなにも大変なのだな、と改めて気づいた。つながりのある土地を離れて、ほぼ人間関係が無いところで初めて一人で放り出されたのでなおさらであった。そうして1年ほど過ごしてきて、「人のつながり」について改めて思うところがあった。

 

私の両親は、人とのつながりをどうも避ける傾向にある人だった。父は何事にも淡泊というか多くを語らない人で、来る者はまあ拒まないが、人と交流するときのホスピタリティというか愛想が希薄な人なので、結果としてつながりが薄くなる、という感じである。母親は、意図的に人との深いかかわりを避けるタイプである。必要があって対面するような相手に対しては感じよく接するが、それ以上の交流を持とうとしない。(正直、人の本質って誰にとってもよく分からないものなので、ここに書いたことはあくまで私がこれまで一緒に暮らして受けた印象に過ぎないけどね、、)小学校までは家に時々友達を連れてくることもあったが、母親の態度の裏には、親御さんと深くかかわりたくないし正直面倒だなあ、という気持ちが読み取れることもあった。高学年あたりから次第に友達を家に呼ばなくなり、中学以降は、友達の話自体、なんとなくできなくなった。話をしても「こんな人がいてさあ」という匿名の話しぶりでないと憚られる感じがした。お母さんがよその子に対してもオープンに出迎えてくれる家の子は、うちにはない「普通」がそこにあるなあ、と思っていた。

 

しかし家族間のつながりについては、幼少期は休みになると旅行やお出かけに行って、「家族」のユニットとしてきちんと成立していたように思う。また、社会のつながりもあった。年末に、ワープロ父親が年賀状をたくさん刷っているのを隣で見てるのがなんとなく楽しかったのと、父の昔の職場仲間の家で隅田川花火大会を見せてもらって、大人たちが当時純粋な幼児だった私をちやほやしてくれた夜も覚えている。

 

思い返すと、高校あたりで今のなんともいえない、家族というより共同生活というような雰囲気が固定したように思える。就活で悩み、自分が本当にやりたい仕事(が分からず苦しんでいたのだが)をしたいという話から母親ともめたことがあり、本当にやりたいこととかではなく、仕事というのは生きていくためにするものなのだ、という話とともに、母は泣きながら家庭のことを教えてくれた。詳細は差し控えるが、その高校あたりのタイミングで、父親の仕事に不運な変化があり、一時は先の見通しが立たなくなり、今はなんとかなったものの以前より経済状況が悪くなったということであった。ポリシーだったのか、私にはその話はそれまで一切口にせず、バイトでちゃんと全部やりくりしてくれというようなことも言わなかった。この脛齧りの親不孝者、と第三者に罵られても返す言葉が無い。いま父は何の仕事をしているのか、と聞いたが、「一応会社員だけど、あなたの友達の親御さんがいるような会社とは違うところ」とだけ言われた。専業主婦を続けられなくなった母は働き始めたが、キャリアがいったん中断され、若くもない女性が就ける仕事というのは限られており、悪いことは言わないから仕事は続けなさい、と言っていた。*2

 

話は先ほどの本に戻るが、精神的な豊かさを得るためには、まず経済状況が満たされなければならない。これは単にほしいものが買えないからというだけではなくて、経済状況が満たされず見通しが立たないということは、自尊心を失い、人と関われなくなることにもつながりかねないためである。また、仕事を失うと、その人間関係も断たれる。

両親は、私が生まれる以前は好景気の時代の若者らしくテニスやらダイビングやらツーリングをたしなんでいたようだったが、今となっては全くの無趣味となり、またすでに述べたように、新たな人間関係を欲しがらない人たちなので、わずかに交流を続けている友人がいる以外は基本的に孤立しているといわざるをえない状況にある。また、私から何かサークルに入れ、などといってどうにかなる人たちでもない。私も、そのような環境で育ったことが少なからず人格に影響しており人と深いかかわりを取り結ぶことが不得手であり、兄弟もいないため、将来孤立する未来が割とリアルに想像できる。

 

思うに、この世にはつながり強者とつながり弱者がいると思う。旅行や飲みに行きたい!となったら周りに適当に声をかけて、自分が忙しかったら予約とかは人にお願いして、、とかがスムーズにできるタイプのつながり強者は、たぶん上記のエピソードは全く理解できなかったのではないかと思う。ご近所付き合いとか、いくらでもあるじゃん。と思うだろう。つながり弱者にとってはこの世界は壁だらけなのである。

 

かろうじて、私には音楽という人と共同でできる趣味を持ち合わせていたので助かった。また、SNSの発達により、意識的に連絡を取り合わないまでも、なんとなく仮想の教室にいるようなノリでゆるくこれまでの友達とつながっていられるようになったのも大きい。たぶんネットが無かったら、私はひどい有様になっていた気がする。

 

なんだかこう書くとうちの親は世捨て人のようだが、実際自然になんとなく入れる「社会的包摂」が周囲に存在したら、こんなに頑なではないのではないかと思う。しかし、人のしがらみに煩わされ、傷ついてきたのもたぶん事実なんだとは思う。絆、地域力、コミュニティがもてはやされる中で、そのつながりを得るために頑張れない人は、結局排除されるしかないんだろうか?

*1:このあたりは、内田樹『困難な結婚』にも書いてあるので、結婚と人生についてぐるぐる考えがちなお年頃の皆さんはぜひ読んでみてください

*2:他人の不幸エピソードに厳しい昨今なので一応言っておきますけれど、私に高等教育を受けさせてくれたという時点で、世間一般よりも恵まれている(っていうとなんか上から目線っぽいけど、他に語彙がないので、、)のはわかっていますよ